コラム

顕微授精(ICSI)による染色体異常への影響は? 2024.06.05

フェニックス アート クリニック 生殖医療医長の金田です。今回は顕微授精による染色体異常への影響について論文を交えてご紹介します。論文自体は少し難しく、長いコラムになりますが読んでいただけたら幸いです。

【顕微授精とは】
通常の体外受精と比較して、顕微授精(ICSI)は卵子内に精子を注入する操作を加え受精を目指す方法になります。この顕微授精による児への影響はあるでしょうか?とよく患者様より質問されることがあります。
そこで今回は、過去の論文より顕微授精による児への影響について考えていきます。

【論文でみる顕微授精(ICSI)の児への影響】
過去の論文では、一般新生児と比較して顕微授精によって妊娠・出産した児の染色体異常の頻度が高いことが複数報告されています。
この染色体異常の割合の差はどの程度なのでしょうか? 差は男性因子(精液所見が悪いこと)による影響なのでしょうか? 顕微授精による手技の影響なのでしょうか?
そもそも顕微授精が必要な症例は、男性側の精子がふりかけ法では妊娠しない症例であることが多く、その精子の所見による影響なのか、顕微授精自体の手技による影響なのかを分けて考える必要があります。そこで今回は顕微授精を経て生まれた児の染色体異常の割合と、精液所見との関連性についての論文を紹介します。

 


<論文>F Belva et al
Chromosomal abnormalities after ICSI in relation to semen parameters: results in 1114 fetuses and 1391 neonates from a single center
Hum Reprod. 2020 Sep 1;35(9):2149-2162.
doi: 10.1093/humrep/deaa162.

 論文背景 
一般新生児と比較して、顕微授精によって妊娠した胎児や子供の染色体異常の頻度が高いことが報告されている。過去の報告では、1990年から2001年にかけて調査された顕微授精児1586例のコホート試験において47例(3.0%)に染色体異常を認めた。De novo(※注釈:De novo = 新規発生)の染色体異常の割合が高く、染色体異常は父親の精子濃度および運動率の低下と関連していた。

精液の質に問題のある父親からの顕微授精児では、核型異常の頻度が高くなることが予想されるが、ICSIにおける出生時の染色体異常について父親の精子の所見を解析に含めた研究は少なく、その関連性について解析した。

 

 目  的 
顕微授精で妊娠した胎児および出生児の染色体異常と精液所見に関連があるかを調べる。

 

 対  象 
〈期  間〉
・2004年-2012年
〈施設 /国〉
・ベルギー University Ziekenhuis Brussel  単施設
〈基   準〉
・顕微授精し、妊娠7-9週の超音波検査で妊娠を確認できた症例を対象。
・新鮮胚移植に限る。
・精子は射出精子、非射出精子ともに含む。
〈除外基準〉
・凍結胚移植、 卵子提供、精子提供、PGT施行後は除外した。
〈方  法〉
・妊娠の転帰(流産、選択的中絶、生児・死産含む)の全ての結果を調査する。
・出生前検査:羊水穿刺、絨毛検査を行う。
〈解  析〉
・染色体異常と母親の特徴(年齢、流産の経験)との関連について調べた。
・染色体異常と父親の特徴(年齢、精子の種類(射出精子と非射出精子)、夫婦間の不妊原因(男性因子単独による不妊または男女複合因子による不妊)の関連を調べた。

 

 染色体検査を受けた両親の背景 
顕微授精後、妊娠7-9週を超えて妊娠継続した4816件から4267件(88.6%)の妊娠転帰に関する情報が得られた。
最終的に4130件が分娩に至った。

妊娠4267件のうち
出生前検査・・・950例
出生後検査 ・・・1254例
(侵襲的な出生前診断が行われなかった妊娠のうち1254例で出生後の染色体検査を行った)

出生前検査を受けた女性とパートナーの平均年齢は、出生後に検査を受けた人よりも平均年齢が高かった。
出生前検査を受けた母親の中で35歳以上は67.3%を占め、出生後に検査を受けた母親のうち35歳以上は20.9 %であった。

 

 

 結  果 

 

出生前検査における染色体異常
生前検査は妊娠の22.3%(950/4267)で実施され、合計1114例の胎児がサンプリングされた。(781例が単胎、334例が多胎)
染色体異常は3.7% (41例(単胎29例、多胎12例)/1114例)に認めた。
色体異常の41例のうち24例は中絶、1例は自然流産、5例は追跡できず、11例は生児となった。

出生後検査における染色体異常
出生後検査は妊娠の29.4%(1254/ 4267例)で実施され、合計 1391例の新生児がサンプリングされた。
染色体異常は1.0%( 95% CI 0.6 – 1.7%)、1391例のうち14例に染色体異常を認めた。

出生前と出生後検査を合わせた結果
妊娠の51.7%(2204/ 4267例)で実施され、2505例の児がサンプリングされた。
55/ 2505例(2.2%)に染色体異常を認め、そのうちの48例(1.9%)がde novo の染色体異常であった。
de novo染色体異常の割合は母親の年齢が高くなるにつれて増加した。(OR 1.11; 95% CI 1.04- 1.19; p=0.002)
de novo染色体異常の割合は精子濃度が1500万/ml未満で1500万/ml以上の群より高かった。(OR 1.8; 95%CI 1.03-3.38; p= 0.03)
母体年齢を考慮した上では、精子濃度が1500万/ml未満で染色体異常のリスクが高くなり(OR 2.10; 95% CI 1.14- 3.78; p= 0.02)、精子運動率が基準値以下の群では染色体異常のリスクに有意差はなかった。(OR 1.52; 95%CI 0.84- 2.74; p=0.16)

 結  論 

顕微授精児の出生前検査におけるde novo の胎児染色体異常率は3.2%であった。

顕微授精児の出生前+出生後検査のde novoの胎児染色体異常率は1.9%であり、一般新生児における染色体異常率0.45%よりも高かった。

顕微授精児のde novo染色体異常率は父親の精子濃度の低さに関連している。

 

【discussion】
一般新生児における染色体異常率0.45%( Jacobs et al 1992)と言われており、本研究での顕微授精後の染色体異常率の方が高かった。

 

〈他の報告との一致性について〉
今回の研究では1114例の出生前検査において染色体異常率は3.7%であった。

同じ筆者らのグループからの以前の報告では顕微授精児の3.0%に染色体異常を認めた。前試験では妊娠12週以降の進行中の妊娠のみを対象としており、今回の試験では7-9週からの妊娠を対象としているため、染色体異常数が高くでている可能性がある。

今回の出生前検査における染色体異常率が 3.7%であることを、顕微授精による妊娠を含む他の研究と直接比較することはできないが、Loftらによる(1999年)研究において、超音波で子宮内妊娠が確認された全ての臨床妊娠を対象にした試験では3.3%の出生前染色体異常を認め、本研究の割合と同等であった。その他の試験ではサンプル数が少ないなどの問題点があり比較困難であった。

同様に今回の出生後検査における染色体異常率が1.0%を他の文献と比較することも困難である。

〈本研究の限界〉
出生前検査を受けたカップルは出生後に検査を受けた母親、パートナーより年齢が高く、精液所見が悪く、また出生前検査が侵襲的検査であることから、リスクのより高いカップルが検査を受けたと考えられ、出生前検査における染色体異常の割合は過大評価されている可能性がある。

また非射出精子を用いた顕微授精後の胎児、出生児がほとんど含まれていない。

比較対象集団がない。

〈本研究の長所〉
顕微授精児のうち胎児および出生後の染色体分析を行ったサンプルが多いことである。

 


 

【この研究を受けて】
この論文からは、他の報告同様に顕微授精から出生した児の染色体異常の割合は、一般新生児よりも高いようです。そして染色体異常の割合は精液所見の悪さとも関連しています。

当クリニックとしても、顕微授精により染色体異常の割合が増えるものと考えています。但しその原因は顕微授精をしたから染色体異常が増えるという単純なものではないと思います。顕微授精は精子に問題があり、顕微授精を行わないと受精しない場合に基本的に行います。従来であれば、この男性因子のせいで妊娠や出生に至らなかった児が、顕微授精により生まれているとも考えられ、それがこの論文で示される精液所見の悪さと染色体異常の割合の増加の関連性として出ているのではないでしょうか?もちろん、この論文だけでは顕微授精による手技そのものの影響については評価できません。

男性因子がある場合や、通常の体外受精では受精しない場合など、顕微授精を行う必要がある場合に顕微授精を行うことが重要だと思います。

 

(論文における結論なので、他の論文では異なる知見が示されることがあることや、個々の患者さんによって状況は異なることはご了承ください。)
(表は全て論文より和訳改変しています。)

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